さわのはな歳時記 2008年1月〜

年の初めの五円玉 2008.1   No111 


  近年の私の年越しは越年で歌う影法師の年忘れコンサートで過ごすのが恒例となっている。家の年越しの行事を終えたあと会場である高畠町の手打ちそば屋さんに行き、訪れた人たちと歌いながら新年を迎える。この年越しのコンサートには帰り道に温泉に入るというもう一つの楽しみがある。この温泉の初風呂には5円玉が沈めてあり、縁起物として一人1枚づつ拾って行くのが新しい年らしくなかなか良い。
5円玉を見ていて大きく稲が描かれているのが気になり調べてみると、稲は農業を表しているのだそうだ。良く見ると一見稲が育っている土と思われる細かい横線が「水産業」そして穴のまわりのギザギザは歯車で「工業」を、さらに裏面の日本国と年号との間には木の芽が描かれ林業を表しているのだそうだ。
 私が生まれる前の昭和24年に誕生したこの5円玉のデザインは描かれた産業がバランス良く発展して行ってほしいという願いが込められている。5円玉ができた頃は食糧増産の時代、硬貨の半分以上を占めるほどの重みが農業にあったのだろう。それから半世紀が過ぎ農業はGDPの1%にも満たない状況となった。
 農業の復権が、日本の製造業が国際競争に敗れ外国から食料を買えなくなった状況でしか成らないなどどいう情けないシナリオはごめんだ。
 今年も農業を中心とした仕掛けをたくさん打ち出し、多くの人たちを巻き込んで楽しくやって行きたいと思っている。


風呂上がりの5円玉

創作料理 2008.2   No112 

 さわのはなに始まり、花作大根、馬のかみしめ、行者菜とさまざまなものに取り組んでいると自分たちだけではその魅力を伝えることができない物が多くなりその筋の達人に指導を仰ぐこととなる。
 夏場は忙しくお世話になっている方々のところにゆっくり食べに行く時間もないのだが最近になってようやくその時間が取れるようになりお二人の達人の料理を味あわせていただいた。
 上山市の上山城の近くで彩色料理「折鶴」で腕を振るっているのは野菜ソムリエ、雑穀エキスパートの粟野さんである。お店のすぐそばに武家屋敷がありそこにちなんだ現代風「武家料理」が話題になっている。江戸時代の家計簿6年分を調べ上げ当時の献立を現代風にアレンジして提供している。「武家料理」は日曜日限定となっており残念ながら食べることができなかったが「お母さんのお勧め定食」(写真上)は地元食材中心のがヘルシー料理でとてもおいしくいただきました。もちろんお米は「さわのはな」。
 もうひとかた、長井で地元の食材を積極的に取り上げている小野さんのお店です。写真下は「馬のかみしめ」を使った「すくい豆腐」です。「馬のかみしめ」のコクのある味わいが良く出てとてもおいしい一品です。在来の野菜を使った料理は地味になりやすい傾向があるのだが「馬のかみしめ」や「紅大豆」を使った「豆づくし創作料理」はハッと思わせる華のあるおいしい料理の数々です。それもそのはず小野さんは料理教室を主宰されており、教室がお休みの冬期間限定(2月末まで)で自宅を開放して腕を振るっておられます。小野先生には新野菜「行者菜」の料理を30種類も創っていただきました。
 良い素材を多くの人たちに伝えるためにはその魅力を最大限に引き出す達人の力が欠かせません。 その期待に応えるべく今年も素材作りが間もなく始まります。

不愉快な文書 2008.3   No113 

不愉快な文書
 今年の作付計画をまとめる時期になりましたが、やる気をそぐような文書の提出を求められております。お時間の許す方はお読み下さい。

地域水田農業活性化緊急対策同意書

 私は、長井地区営農推進協議会及び致芳地区営農推進協議会並びに西根地区実行組合長会、平野地区営農推進協議会、時庭地区営農推進協議会、今泉地区営農推進協議会、伊佐沢地区営農推進協議会(以下「代表者」という。)に対し、地域水田農業活性化緊急対策について下記事項を確約し同意いたします。
                                                  記
一 自らが経営する水田のうち平成二十年の生産調整拡大面積に対し麦、大豆、飼料作物、一般作物、永年性・野菜等特例作物、通年施行、保全管理、調整水田による作付等を五年間実施し、五年間生産調整を守ることを確約し、長井市水田農業推進協会と代表者が長期生産調整実施契約を締結し、地域水田農業活性化緊急対策の緊急一時金を受領することに同意いたします。

二 代表者に交付された緊急一時金は、契約に要する経費及び分配に要する経費等を控除し、同意した農業者の平成二十年に係る全ての生産調整(転作)面積で除し、平成二十年に実施した生産調整(転作)、面積に応じ分配することに同意します。

三 偽りその他不正の手段によって同意し、又同意事項に違反(自らの責めに帰さない場合を除く。)した場合には、支払いを受けた緊急一時金の全額を連帯で返還します。

四 同意事項は、自ら経営する水田を移動・委譲した場合でも移動等のあった者に引継ぎ、その義務を負わせるものとし、義務を負わない場合は移動等は行いません。

      平成二十年二月 日

         住 所             長井市
         氏 名                                                     印

生産調整が始まってから四十年近くが経ちましたがこのようながんじがらめの文書に押印を求められたことはありませんでした。
農政はいよいよ末期症状のようです。 (  は私が付けました。) 


発芽試験 2008.4   No114 

 今年も多くの農家の方から種籾の注文をいただき県内のあちこちで種まきが始まろうとしています。
 平成9年、始まった当時の種籾販売は農家数180件面積50ha分だった。12年目を迎えた今年の出荷量は面積は変わらずの50ha分なのだが農家数は130件と、この12年で作付けする農家の数はだいぶ減った。
 当初、私たちを後押ししてくれた農家の大半はさわのはなを自家用の飯米として栽培していた。飯米として栽培していた農家の多くは耕作面積の少ない人が多く、自然乾燥から火力乾燥が主流になるにつれ、設備が大がかりになる収穫作業を外部に委託する人が大勢いた。カントリーやライスセンターと呼ばれる巨大乾燥調整施設では、さわのはなのような作付面積の少ないマイナーな品種は歓迎されない。そのような事情から泣く泣くさわのはなの作付をあきらめた人も多くいた。
 一方で「さわのはな」がいもち病に強いことや肥料をあまり必要としないことが解ってきて農薬や化学肥料を減らした「特別栽培」や無農薬の「有機栽培」に積極的に取り組む人たちが現れてきた。そうした農家は各々が独自のルートを開拓し栽培面積を増やしている。これが農家数が減っても全体の面積が変わらない理由である。
写真は種籾の出荷前に百粒の種子を容器に並べ加温しどのぐらいの発芽率があるかを調べる試験の様子である。以前は「農家に種籾を分ける」という感覚でやっていたのだが、取引先に法人格のところが多くなったことから種苗法に基づく販売業者の届けが必要になりこのような試験を行うことになった。
 「さわのはな」は他の品種と比べて発芽に時間がかかるため、始めて作付けする人から「芽が出ない」という問い合わせが良く来る。この「芽がなかなか出ない事」が一年中変わらない食味のお米をお届けできる魅力とつながっている。

「キャラクター」2008.5   No115
 この絵は私たちが中心となり産地化を目指して取り組んでいる新野菜「行者菜」のキャラクターである。昨年、東北芸術工科大学に依頼して作ってもらったキャラクターで弁慶が「行者菜」手に持ち見得を切っている様子をデザインしたものである。
「行者菜」は昔、山中で修行する行者が滋養強壮のために食べたと言われる希少な山菜「行者にんにく」を手軽に食べられるようにとニラと交配してできた新しい野菜である。
 修行する行者をイメージして作られたキャラクターは「行者菜」にぴったりと好評である。さらに行者菜生産グループの大半が長井市の「勧進代」地区で取り組んでいる事から、「勧進代」ー「勧進帳」ー「弁慶」ー「行者菜」とイメージがつながり地元にぴったりと生産者の間でも評判がすこぶる良い。
「勧進代」の由来は弁慶とは直接関係がないようなのだが先日行われた目揃い会では隣の地区に弁慶が立ち寄ったとされる「弁慶塚」があるという話まで飛び出し大いに盛り上がった。 格別、大学との打合せで地名や弁慶の話をして取り組みを始めた訳ではなかったのだがこのように素晴らしいキャラクターを授けていただいた事に感謝している。
 このキャラクターに後押しされ「行者菜」が元気に世の中を駆け回ることを期待している。


「溺死と逃走」2008.6   No116
 今年もアイガモが活躍する時期になった。たんぼに投入する時期が近づくにつれその準備にとりかかる。
 十分に働いてもらうためには、アイガモがたんぼから逃げないように、そして外敵がたんぼに侵入しないようたんぼのまわりにネットを張る。3m間隔に支柱立て1mほどのネットを抑えさらに裾の部分を20cmほど土の中に埋め込んで行く。これが一番大変な作業になるのだがこのような準備と平行してアイガモを水に慣らす事も必要になってくる。
 横澤家では、毎年この時期になるとタライや箱をプール代わりにして水に慣らすのだがこの時悲劇は起きた。水を5cmほど入れた箱でアイガモを遊ばせている時にその中で数羽が死んでしまった。まさかアイガモが溺死?どうやら水から上がろうとしたアイガモが小さかったため箱から出ることが出来ず体温を奪われて弱ったようである。
 さて我が家では担当の父が「今年のカモは水に入らない」と心配していた。アイガモの小屋のすぐそばに水路があり毎年その中で盛んに遊んでいるのだが今年はまったく見かけない。
 先日、小屋からたんぼまでの通路を作っていたとき、開いていたところをすり抜けアイガモが一斉にたんぼに逃走し大あわて。水に慣れないのではという心配をよそにたんぼの中を走り回っている。
 さっそく、テグス(釣り糸)をたんぼの上に縦横に張り巡らし上空からの外敵に備えた。以前は鳥による影響はなかったのだがなぜか昨年からカラスが狙うようになっています。
 アイガモと一緒に米作りをするようになってほぼ一〇年になったのだがちょっとした油断が大きな悲劇につながる事を思い知らされた出来事だった。        合掌。




空梅雨(からつゆ) 2008.7   No117 

 希に見る雨の少ないと言うよりは日照りの6月でした。アメダスのデータを見ると平年の半分にも満たない月間の降水量である。特に我が家で在来の枝豆「馬のかみしめ」を播いてから2週間はまったく雨が降らずせっかく播いた種はカラカラになりほとんどが顔を出さないまま終わってしまった。このままでは来年の種もおぼつかないため再度蒔き直しを行い今度は畑に稲の育苗用のスプリンクラーを持ち込んで散水を行っている。
(写真)いつもの年であれば雨が多く湿害で生育不良になるのだが今年はまるでアメリカやオーストラリアで農業をしているみたいである。
 山形特産のさくらんぼも水分不足で例年より小粒のものが多く収量もだいぶ少なかったようである。地物の野菜の出来も悪く、冠水設備のあるところは良いのだが露地の作物はかなりのダメージがあったようである。
 悪いことばかりではなく、水分不足は雑草も同じ事で畑の雑草もなかななか伸びないしたんぼの畦の草もいつもの年と比べると半分ほどしか伸びていない。草刈りの回数も例年より少なくて間に合いそうである。
 さて肝心のたんぼであるが、まだ山には雪が残っているしダムに蓄えられた水で十分な環境が整っている。気温は高いのだが湿度が低いので病気や虫が出にくい環境で今のところ、すこぶる順調である。
 雪のない地方でこのぐらいの小雨になると干ばつの被害が出るのだろうが雪に感謝した生育前半である。温暖化で雪が少なくなって生活しやすくなったと手放しで喜んでばかりいられないようである。

水草 2008.8   No118 

 出穂の時期が間近に迫りいよいよアイガモがお役ご免となった。穂が出るとアイガモがその穂を食べると言われており出穂間近になるとアイガモはたんぼから上がって陸の上の生活になる。(穂が出てからたんぼに入れたことがないので本当に食べるかどうかは不明)もっともこの時期になるとアイガモの体はとても大きくなり、株の大きくなった稲と相まってたんぼの中を自由に動き回るという具合には行かなくなるという事情もあります。
 写真はアイガモのたんぼに張られたネットの撤去作業の時の写真である。ネットの置かれた畦の右側はアイガモ除草のたんぼ、左側は除草剤使用のたんぼである。アイガモ除草のたんぼに一面に見えるものは水草である。左側には1個も水草は見えない。除草剤の威力は大したものである。
 今年は春先から新野菜「行者菜」の出荷、販売に手を取られアイガモをたんぼに放すタイミングが数日遅くなった。そのツケは大きくカモのまわりきれなかった雑草処理にいつもの年の倍以上の時間を取られる事になった。もちろん手取り。
 有機栽培を始めはほぼ10年、けっこう順調に過ごしていたのだが、農薬を使わない農業は草との戦いであることが昔とまったく変わっていないことを再認識した今シーズンだった。

みのりの秋と農水大臣2008 2008.9   No119 

 1年後に同じタイトルをまた使うことになろうとは。まったく情けない話である。昨年は当地選出の農水大臣が止めを刺し安部さんの辞任となった。今年は時期を同じくして福田さんが同じ事を繰り返した。この度の農水大臣の役割は軽いものだったが総理辞任劇がなくても早晩、元凶と言われること間違い無しであったろう。総理のキャラクターから言えば私たち影法師が「美しい国」をもじって歌にしようとしたぐらいだから前任者の方が勝っていたという事なのだろうか。
 総理の辞任というのは日本で一番の責任の放棄だと思っている。責任の放棄という点では農協グループが昨年打ち出した3割も安い米の買入価格(正確には仮渡金)は近年の農業を取り巻く出来事の中では最たるものだと思っている。
 農協グループによればその理由は集荷率の低下だそうだ。集荷率は低下したといっても世の中に流通する約半分の米が農協系統を通じて出て行っているのであるから価格への影響はとても大きいものがある。それを農家の生産原価を割った自分たちだけが絶対に損をしない価格で買い上げようとする姿勢こそ、すでに農業者の組織としての責任を放棄したも同然である。
 今年行われたWTOの交渉は思わぬ難問が発生し幸い結論に至らなかった。このところの地下資源や食糧の高騰はWTOが推し進めるグローバリゼーションだけでは問題が解決しない事を如実に表している。「平和」と言う言葉は「禾(のぎへん)」が表す穀物が「口(くち)」に「平(たいら)」に入ることだと影法師の作詞家あおきは言う。「金」中心のものの見方から、「ひと」中心の考え方に変わっていかなければならない時期に来ている。
 それにしても農水大臣はおろか総理大臣がいなくてもお役所はちゃんと動いているし、たんぼでは今年も稲がちゃんと稔っている。

玄米先生の弁当箱 2008.10   No120 

玄米先生の弁当箱
 刈り取り中のコンバインの前を「赤とんぼ」が飛んでいます。「赤とんぼ」って東京の真ん中にもいるのかな?こんな疑問を持たせてくれたうれしい出来事がありました。
 ビッグコミックオリジナルという本があります。すでにご覧になった方もいらっしゃるかも知れませんがこの雑誌の一〇月五日号「玄米先生の弁当箱」に「さわのはな」が取り上げられています。それもなんと巻頭カラーから始まっています。
 実は八月、作者の魚戸おさむさんと北原雅紀さんが我が家に立ち寄られ「さわのはな」のたんぼを見て行かれました。その時「さわのはな」復活の取り組みをお話ししたことがきっかけで物語に登場することになりました。
 ストーリーは主人公、結城玄米先生が「東京の真ん中で赤とんぼを見つけ、その行き先をたどって行くとなんとそこには「さわのはな」が栽培されている。なんで東京のど真ん中で「さわのはな」が・・・・・。そこには思わず「ほろり」とする訳がしたためられております。ぜひご一読下さい。
 すでに次の号が発売になっており店頭で求めることは難しいと思いますが十一月に単行本になった「玄米先生の弁当箱」第三巻が発売になりそこに収録されておりますのでぜひお買い求め下さい。(町の食堂などによく置いてある本ですので一〇月五日号を探して見て下さい。)
魚戸おさむさんの作品は玄米先生の他に「家裁の人」がとても有名でテレビドラマにもなりました。(個人的には「食卓の向こう側」コミック編という本がお薦めです。こちらもぜひどうぞ!)

分搗き(ぶつき) 2008.10   No121
 20年産の初めての発送を終え、一段落したところで私たちのお米を扱っていただいている関東地区のお米屋さんにお手伝いに行ってきました。
 このお米屋さんで取り扱っていただいているのは「ササニシキ」です。こちらでは店頭で玄米を計ってその場で精米するといういわゆる「店頭精米」で販売しています。お客さんの目の前で精米するので鮮度は一番良い状態と言うことになります。その店先に備えられたコンパクトな精米機には1分つきから白米まで1分目盛りずつ白度が調整が付いていて、お客さんのどのような白度の希望にも応えられるようになっている。サンプルも写真のように代表的な5種類が並んでいる。
 分搗きを依頼するお客さんは結構多く「お米からたくさん栄養を取りたいのだが玄米はどうも」という方がほとんどのようである。 大昔、玄米のまま食べられていたお米が現在のような白米に変わっていったのは出来るだけおいしく食べ易いものを求めて行った結果だと言われている。食べ易さを求めたため栄養価の高い胚芽などの部分をを捨てるようになった訳である。
 白米を食べている方からどのくらいの「搗き加減が良いですか?」と聞かれたときは「抵抗なく食べられるのは7分搗きでしょう」とお答えしている。7分搗きのお米は食感は白米とほとんど同じで炊き上がったとき釜の中をのぞくと胚芽の部分が黄色く見えて、いかにも健康に良さそうな見栄えになります。
 当倶楽部でも5分、7分と分搗きも用意しておりますのでぜひお試し下さい
「用途別部門特別優秀賞」 2008.12   No122
 恒例の米食味コンテストが行われました。今年は地元山形県南陽市で開催ということで計画当初から実行委員会のメンバーとして係わってきました。
 このコンテストは最初に機械の判定があり、そこで上位のスコアのものが本選に進み官能審査を行い順位を争うというものです。全国から2600ものエントリーがありその機械測定が済んで結果が来るのが本選のわずか1週間前。ちょうど1週間前の夜予選通過の連絡がFAXで届きました。良く見ると部門が「用途別部門」と書いてあります。今まで見たことがない部門なので要項を確かめてみると、この大会は今年から国際大会になったため各国の米から料理に合ったお米を選ぼうという部門のようである。今年の用途別の用途は「カレー」ということで日本のお米に混じって外国のお米も数点エントリーされている。
 この「カレー部門」とも言える「用途別部門」の結果は台湾のお米の圧勝だった。審査員の話では独特の香りがあり、お米だけを食べたときはとても食味云々のレベルではないのだがカレーをかけるとこれが別物のようだったと言うことである。
さて、肝心の私の「さわのはな」であるが官能試験の結果、金賞は逃したものの上位に食い込み特別優秀賞を受賞、「さわのはな」はカレーにもいけるという事が証明されたと思っている。
 さらに嬉しかったのはお隣、川西町の仲間が栽培した「さわのはな」が品種部門で金賞を受賞した事でした。この部門は青森を除く東北5県のあきたこまち、ササニシキ、ひとめぼれ、はえぬきなどの有名どころが名を連ねる部門で、同じ「さわのはな」を作り続ける仲間が第一位になったことはとても嬉しく生産者のレベルアップが証明され評価がさらに高まったと思っている。
 当倶楽部としての入賞は6年連続となりました。


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