「鉄歌(てつうた)」 2010.1   No145 

 年末になって嬉しい連絡が届きました。影法師の歌う「走れ!フラワー長井線」が収録されたCD「鉄歌」がキングレコードから全国発売されました。影法師としては6年前テイチクレコードから発売された「つらい時代」に続く2枚目のメジャーからのCDとなりました。
 全国の鉄道関係の歌を集めた「鉄歌」には17曲が入っており中身をみるとファイファイセットが歌うJR九州社歌、ダークダックスの歌うJR北海道社歌、コアなところでは東海林太郎が歌う満州鉄道の社歌などが収められている。このような中に私たち影法師の歌が選ばれたことはとても光栄である。
 「走れ!フラワー長井線」は1988年、長井線がJRから切り離され第3セクターとして出発したときに応援歌として作ったものである。開業時に合わせてレコード(シングル版)を作り発表はしたのだが、当時は鉄道を自らの手で走らせることに精一杯で、歌で盛り上げるところまでは至らずお蔵入りとなった。
 とても完成度の高い曲なのだがこの二十数年間に数回しか歌う機会がなかった。この歌に込められた二十年経っても変わらない美しい風景、人のぬくもりがきっとCDの製作者に届いたのではないかと思う。
 収められた音源は当時のままのものですので二十年前の影法師の若々しい歌声を聞くことが出来ます。このCDは全国のCDショップでお求めになることが出来ますのでぜひお聴き下さい。(ご連絡いただければこちらからお送りすることも可能です2500円) 

「再びヤマザキ米粉のパンを焼け」 2010.2   No146 

 今年の作付け計画を立てる時期となりました。今年から政権が代わって米を作る農家には個別保証制度が実施されることになった。今までの価格支持の補助金は業者出荷している農家が対象で私たちのように直接販売している農家は蚊帳の外だった。生産調整に参加することが条件になってはいるものの、頑張っている農家にも恩恵があるようになった事は評価できる事だと思っている。
 さて、影法師のライブでは米粉をテーマにした「ヤマザキ米粉のパンを焼け!」が米粉ブームに乗って大受けである。ところが米の消費拡大策で登場した米粉についての補助金であるが、どうも勘違いした方向に進んでいるようである。まずは米粉用の米を作る田んぼへの補助金があまりにも高すぎる。(主食用の米を作るより良さそう)そして最悪なのは「売り先を自分で見つけろ」というのである。補助金の条件は必ず米粉にすることが条件になっているため勘違いした農家が米粉を作るために何百万もする製粉機を買い始めた。米粉の行く先も決まらないままである。農家数が減少して苦しい農機具メーカーの製粉機がたくさん売れる事は悪いことではないのだがどこかおかしい。
 それはやはり農家が米粉の売り先を自分で見つけなければならないという事である。農家の米粉の販路は限られている。農家が米粉を売ろうとしても小麦粉など輸入されているものに大きく割り込むことは出来ないのである。
 一見、米粉の生産が増えることは良いことのように見えるのだが、今のままでは主食用の米の消費を喰ってしまうこと以外に大きな動きに結び付かないと思える。
 何度も言うが本当に大事なのは「ヤマザキに米粉のパン」を焼いてもらうことである。

「つや姫」 2010.3   No147 

 山形県期待の新品種「つや姫」の作付けが始まる。県の威信を懸けているだけあって生産者になるのにも要件が厳しく、定められた栽培適地の中にあり、3ha以上の耕作面積が必要ということで私の集落では該当するのが私一人しかいない。
 さらに良食味を確保するため栽培方法もマニュアルにのっとたやり方が求められるだけでなく、収穫されたお米の成分を分析して一定以上の数値のものにしか「つや姫」という名前を使わせないという念の入れようである。
 この、品質で名前を使わせるかどうか決めるというのは諸刃の剣で、品質を向上させる効果はあるものの予想外の状況をもたらす。昨年、北海道からデビューした新品種が冷害で品質基準をクリアしたものがほとんどなく、市場に出回らなかったという笑えない、農家泣かせの話もあり山形でも基準を決めるのに苦慮しているようである。
 山形県生まれの品種と言えば、「夏子の酒」のモデルになった日本のおいしい米のルーツと言われる「亀の尾」に始まっている。良食味米の中で「亀の尾」の血が入っていないものはない。「亀の尾」の血を受け継いで登場した我が「さわのはな」は良食味が売りだったが市場形成に失敗した。その後誕生した「はえぬき」は作りやすいため農家が飛びつき一気に作付けを増やしたが、PRが追いつかず一般家庭で認知度が不足し、業務用主体の米になってしまった。
 「つや姫」はこの経験から生産量を限定し、品質に見合った価格形成を目指す戦略である。どのような戦略を立てようが私たち農家はその品種の持つ長所を引き出す栽培をすることしか出来ない。それが多くの人に魅力を伝える力になることを信じて今年も作付けが始まる。

「おらんだ市場 菜なポート」 2010.4   No148 

 おらんだ市場 菜なポート
 長井にもようやく本格的な?直売所が四月十六日オープンすることになりました。
 我が家も参加申し込みを行い、オープンに向けて堀上げたばかりの花作大根の漬け物で大忙しです。大根は普通、秋に収穫するものですが長さが短い花作大根は土から出ているところがほとんどないため、冬の間畑に置きっぱなしでも大丈夫と言うより、冬の間に大きくなります。大根の強烈な辛さはそのままに甘さが増しています。
ただ今、直売所のオープンに合わせて「はないろだいこん・桜バージョン」を仕込み中です。
直売所の名前は「おらんだ市場 菜なポート」です。
「おらんだ」は もちろん私たち
「菜」は 新鮮な農産物
「な」は 長井市の“な”
「ポート」は 人や物の集まるところを表しています。
市民の市民による市民のための市場がコンセプトです!
と言いながら行政主導の運営というのがいかにも長井らしいところです。
 今まであった市内3カ所の直売所に参加している人たちに加えて、一般募集で集まった人が加わり今まで市内にはなかった品揃えが楽しめそうです。
 場所はつつじ公園のすぐ北側になり、アクセスも良好ですので桜回廊から始まる花のシーズンにぜひお立ち寄り下さい。

「温暖化なの?」 2010.1   No149 

 温暖化なの?
 農業と気象は密接な関係があるため、春先に行われる農業関係の会合では様々な人たちの今年の気象予想が紹介される。私が聞いた何人かの春の気象予想は遅霜、遅い降雪と大方の予想が遅い春という話だった。
 その予想がズバリ的中、四月十七日はなんと積雪二〇センチ。四月の中旬に雪が降るのは時々あるのだがこんなに積もったのは記憶にない。その後も低温が続き様々な影響が出ている。
 そのひとつが稲の苗に現れた。今、はやりの育苗は種を播いた育苗箱をそのまま畑に下ろしビニールで覆い太陽の光で温度を取り芽を出させるスタイルである。強制的に加温しないので丈夫な苗が出来ると言われているし、エコである。
 箱育苗が始まったのは昭和五十年頃。その当時はこうした技術はなかった。というよりその当時の気温では人為的に加温しないで苗を育てるという事は出来なかったということであろう。
 今年の桜の見頃はちょうどそのころと一緒のゴールデンウィーク。平年からみれば1週間遅れである。であるから無加温での育苗は無理な年だったことになる。
 なかなか芽を出さない事に気を揉む人、芽のでない種を指導機関に持ち込む人、あきらめてまき直しをする人と大変な春となった。
 幸い我が家は、枚数が多いのでリスク回避のため加温しての育苗なので難を免れたのだが、気象予想は冷夏とも言っている。この先も気の抜けない今年の稲作のスタートである。 

「大丈夫?」 2010.5   No150 

 大丈夫?
 田植えが終わって周囲を見回すといつもより植え付けされている田んぼが多い。というより休んでいる田んぼが、がぜん少ない。いつもはあちこちに畑状の田んぼや調整水田と言われる代掻きをしたまま田植えをしない田んぼが見られるのだが本当に少ない。
 原因を考えてみると、今年から始まった個別補償の条件にあった。農家への個別補償は生産調整に参加する農家に作付面積1aに付き1万5千円を補助金として支給するというものである。生産調整の強化、さらに米の価格が低迷する中、農家にとっては非常にありがたい話である。
 この個別保証の要件の中に、作付けしていない田んぼには補助金を出さないという事がある。そこで今まで不作付けだった田んぼが生産調整として認められる加工用米という形での作付けが始まったのである。加工用米とは主食以外の用途に向けて作られるお米のことであるが、一気に加工米の作付けが増えると加工用米がだぶつくだけでなく、主食用米も圧迫しかねない。耕作放棄地を無くして食糧自給率を上げたいという事は理解出来るもののその先が全く見えていない。
 先日、米の流通に携わる人と話す機会があり、その中で業界では米粉の利用がはかばかしくないという事だった。業界と行政の話し合いでは行政側が米粉をたくさん使って下さいとお願いするばかりで業界に対する具体的な提案は何もなく、参加者から不満の声が多く上がったという。
 政権が替わり農政に農家の声が反映され始めた気がしていたのだが、どうもその先のビジョンが描ききれていないようである。この先にあるのが普天間のような大きな期待はずれでないことを祈るばかりである。

「新品種 さちわたし」 2010.7   No151 

 新品種「さちわたし」
 長年の夢が叶いました。新しい品種として申請中だったさわのはな系新品種「さちわたし」の登録が無事完了しました。
 さわのはなの種子栽培の取り組みの中で違った生育相の稲を見つけたのが6年前。その後、比較試験を3年間行い申請をした。申請してから3年目での登録完了である。
 お米の新品種といえば山形県が開発した「つや姫」が真っ先に思い浮かぶのであるが、この1年間に全国でお米の新しい品種として登録された数は44。その中で、農家が育種したものは僅かに2件である。
 いつの間にか、お米は作っていても種子は購入するものというルールが定着し、農家の想像力、感性が生かされる場が少なくなっている。そうした中で、さわのはなと出会った事から種子栽培に取り組み、更には新しい品種まで生み出せたことは百姓冥利である。
 「さちわたし」の食味について親である「さわのはな」との比較が話題になる。「さちわたし」の食味は分析機のデータ上は食味コンテスト常連の「さわのはな」と同等である。ただし、その先の炊飯試験になるとポイントが稼げない。それは、今の採点基準が硬いお米の方が高く採点されるようになっているからである。
「さちわたし」のように柔らかく優しい食感でもおいしい米があることをぜひ知っていただきたいと思っています。未体験の方はぜひお試し下さい。


「猛暑とダム」 2010.8   No152 

 猛暑とダム
 異常な暑さである。連日35度を越えんとする気温に朝5時前から仕事を始め、10時頃には家に戻りシャワーを浴びお休みというサマータイムを先取りしたような生活になっています。
 この猛暑の影響で稲の出穂も早まり8月の声を聞くと同時に晩稲を除いて一斉に穂が出始めるという異様な光景が広がっています。いつもの年は、あきたこまちから始まってコシヒカリまで決まった順番に穂が出てくるのだがあまりの暑さにがまん出来なかったようである。今まで温度が高かろうが一向に影響を受けない「はえぬき」が、他の品種を差し置いて真っ先に出穂し、みんな驚いている。
 この高温に私たちがどう対応して行けるかというと「水管理」しかありません。特に穂の出始めから出穂後3週間ほどの水管理が重要になってきます。この時期は稲が水分を多量に必要とするため田んぼに水を張らなくてはなりません。
 ところがこの水の欲しいときに当地では全く雨らしい雨が降っていません。昨年までなら地域割りで交代に水を流す「番水」が当然だったのだが今年は順調に水が来ています。それは私たちが水源としている最上川の支流、野川に堤高が東北で4番目という大きなダムができたからです。
 ダムの功罪はいろいろ言われていますが、このような雨が少なく、気温が高い年は水の奪い合いになり、農家同士の諍いの原因となるのだが、それがないだけでもダムの恩恵を感じる暑い夏です。

「コメのコメ」 2010.9   No153 

 コメのコメ

 収穫の秋に負けじと、影法師にも新曲が生まれました。タイトルは「コメのコメ」。
この歌は私たちが復活に取り組んできた「さわのはな」が主人公です。この春、私たちと一緒にさわのはなの復活の活動に取り組んでいる尾花沢の方から電話があり、今年さわのはなが生まれて50年の年にあたり、その記念事業を行うので歌を作って欲しいというものだった。
 軽い気持ちで引き受けた横澤だったが「さわのはな」自体があまり身近なため詩を作るのが難航した。これまで復活作戦を中心になってやってきた私たちなのだが現場のイメージでは歌にならず、四苦八苦していた。
 この様子を見ていたメンバーの青木から「俺が書いてみようか」という助け船。久しぶりの積極的な展開となった。程なく詩が出来上がり作曲へ。これも一晩で曲が付いた。このスムーズさはお互いの感性が一致した時にのみ現れるものである。
 予想通り、「さわのはな」と私たちを見事に現した歌となった。
生誕50年のイベントのために作った歌であるが、あまりの出来の良さにCDにして販売することになりました。
 この歌を聴きながら「さわのはな」を食べていただければうまさも一段とアップすると思います。

「猛暑を乗り越えて」 2010.10   No154 

 猛暑を乗り越えて
 ようやく刈り取りが終わりました。今まで経験したことのない暑さの中で育ったお米ですから籾すり、精米、そして成分分析が終わるまで心配しました。
 結果は水管理の徹底も手伝ってくれたのか、ほぼ平年並みのスコアになり一安心ました。
 新聞等の報道でもご存じの通り今年は一等米比率が軒並みダウンし、大変な品質低下があったような雰囲気が作られています。特に新潟はコシヒカリの等級低下が大々的に報道され、影響はかなり大きいものと思います。一等二等という格付けは外観の検査のみで付けられるものですから食味と一致するとは限りません。
 今年の等級低下の原因は高温で米が白濁していることです。白濁も様々あり乳白、腹白、芯白などその場所により様々です。写真のお米はササニシキを輪切りにしたものです。ちょうど中心が白くなっていることから、芯白ということになります。
 この白い所の位置で高温障害を受けた時期が判るといいます。このササニシキは中心部分が白いので稔りの初期の段階で高温障害に遭った事になるそうです。これまでの格付け検査ではこのササニシキだけが二等米で、さわのはななど他の品種は一等米になっています。もちろん、高温に強いのが売りの山形の新品種「つや姫」はとてもきれいで注目株。これから山形だけでなく全国各地で栽培される予感がします。
 等級検査や分析機器のスコアは同じ品種のお米同士の比較は出来てもお米の味を現す事はできません。ぜひ様々な品種をお試しいただきたいと思います。
「影法師35年」 2010.11   No155 

 影法師三十五年
 さわのはな倶楽部の中心的メンバーである私遠藤と横澤は「影法師」というフォークソンググループに参加しており、今年で結成三十五年を迎えた。
 今、この文章を読んでいただいている方々との出会いも「影法師」の活動がなければありませんでした。私たちが減農薬の特別栽培で正式にお米の直接販売を始めたのが平成5年、その前に闇米として販売をしていた時代もあり二十年ほどの時間が経過しています。きっかけは影法師の演奏を聞いた方からの「おまえたちの作った米が食べてみたい」という声掛けからでした。
 僅か数十人で始まったこの取り組みが大きく広がったのは「さわのはな」との出会いでした。この出会いにも影法師が大きく関わっています。「さわのはなといううまい米がたべてみたい」というメンバーの声に軽い気持ちで作付けを始めた。収穫したお米を食べてもらったところそれまでのはえぬき、どまんなか、ササニシキを席巻、直販の名前を「さわのはな倶楽部」にしてしまうほどの力を持った米との出会いでした。
 歌がきっかけで始まった取り組みが「さわのはな」との出会いで大きく広がりました。お米の輪が広がってゆくのと同じように、影法師の活動範囲も広がっています。それは地域に身を置き、お米を作りながらそこで感じた事を歌い続けてきた「現場歌手」としての影法師が共感を呼んだものと思います。
 十一月二十八日に影法師結成三十五周年記念イベントを「現場歌手」の名付け親、佐高信氏、辻元清美氏、師匠高石ともや他の皆さんを迎えて行います。私たちにとって米と歌は両輪です。ぜひ足をお運び下さい。

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